平和のメソッド

【平和のメソッド】

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ホ・オポノポノは、ハワイに伝わる調和を作り出すメソッドなのだけれど、十数年前に、4つの言葉を唱えるメソッドが出てきたとき、それまでのホ・オポノポノを知っていた人たちの中には、奇異な感覚を覚えた人も少なくはなかったようだ。

私は、ハワイのシャーマニズムであるフナにそれまでも親しんでいて、ずいぶんいろいろなことを実践してもいたのだけれど、4つの言葉を唱えるホ・オポノポノは、それとはまったく異質なもののように思えた。それというのも、ハワイのメソッドは、多くの場合、とても実践的で柔軟で、創造的でさえあるものだったからだ。それが、状況も何も関係なく、ただ「ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています」という4つの言葉を唱えろというのは、何か根本的なところで別物のようだ。唱えたところで、確かにある種の解放の感覚はあるけれど、フナのメソッドを使ったときのようなパワフルな感覚とは、本質的に違っている。

ところで、その4つの言葉を唱えるメソッドこそが、もともとのホ・オポノポノであるかのように思われるようになってくると同時に、フナについてほとんど語られなくなっていった。どうもおかしいと思っていたら、それまでフナの第一人者と思われていたマックス・フリーダム・ロングやサージ・カヒリ・キングまでが、偽物だという話が出回っていた。ヴィキペディアの記述が書き換えられていて、グーグル検索でトップに上がってくるのは、そうした記事ばかりになっていた。

この数年間、真実がいかに隠され、情報が操作され、虚偽が真実としてまかり通っていくかを、私たちはさんざん見てきた。それまで第一人者だった学者たちが、テレビに呼ばれなくなり、さらには詐欺師扱いされ始めたりもした。ヴィキペディアの記述が書き換えられ、ネット情報が操作されて、「自分で調べた」人たちも、書き換えられた情報を信じるようになっていった。そうしたことを見てきた私たちにとって、フナをめぐって起こったことが、何を意味しているのかは、だいたい見当がつく。

もともと、フナというのがハワイのシャーマニズムを指す言葉で、ホ・オポノポノというのは、その中で人間関係を調和させるメソッドのことだけを言っている。そして、伝統的なホ・オポノポノというのは、ただ決まった言葉を呪文のように繰り返すようなものではなくて、争いが起こったときに、それを調停して、再び平和を作り出すためのやり方なのだ。これについては、リリウオカラニ女王児童センターが刊行した「源泉を見よ」という本の中に書いてあるそうだ。

カヒリ・キングの「インスタント・ヒーリング」には、この伝統的なホ・オポノポノのことが書いてある。それは儀式のような形式をしてはいるけれど、一種の裁判というか調停のようなプロセスだ。当事者たちが集まって、主催者の指示に従って、一人ずつ自分の訴えや見解を話していく。そのときに、一度に一人だけが話し、その間は他の人たちは謹聴していなければならないという決まりがある。

そのあとで、罪を認めるというか、確かに私はこの人の感情を傷つけてしまいました、というような告白があり、これからは行いを改めますとか、そういう宣言があって、和解となる。そこで、これでこの問題は終わったから、今後はもうこれを問題にしてはいけない、ということが宣言される。最後は、全員に対して感謝とかお祝いのようなことが言われて、会食になって、終わりになる。

だから、これは裁判のように、誰が悪かったかを決めるのが目的ではない。人間関係に調和を取り戻すことが目的なのだ。人間関係の中にぶつかり合いがあるとき、関係がギスギスして、人々は緊張状態になって、身体がガチガチになり、病気にもなる。その状態を解いて、皆が緩んで調和した状態にするのが目的なのだ。だから、罪を認めて、行いを改めることを宣言したら、そのあとは、もう罪はなかったことになる。その状態へ進むことが目的なので、だから人を傷つけるようなことをしてしまった人も、すんなりと罪を認められるのだと思う。しかし、なかなかここまで行かないこともあって、そういうときにはこの儀式は何日にも及ぶこともあるそうだ。

フナの教えの根幹には、私たちの意識が現実を作り出しているという認識がある。これは、般若心経の色即是空、空即是色というのとも似ている。私たちは、これは悪だ、罪だ、どっちが加害者で誰が被害者だ、というようなことも、根本のところでは、意識で作り出している。だから、意識を変えることによって、すべてをなかったことにしてしまうこともできるのだ。そのために、自然なプロセスで意識を変えていき、すべてを帳消しにして、調和の状態を取り戻すメソッドが、伝統的なホ・オポノポノだと言える。

このメソッドが、「ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています」の4つの言葉をただ唱えるというものに取って代わったのは、どうも奇妙だ。状況も理由もなく、ごめんなさい、許してください、と言うのでは、伝統的なホ・オポノポノにある、感情を解放して調和を作り出す力がない。これで効果があったという人もいるけれど、逆に縮こまって力がなくなってしまう場合も少なくない。どんな場合にも同じ言葉を唱えるだけというのは、あまりにも単純なようだし、押しつけになっていることも多いような気がする。

ところで、この4つの言葉のうち、「許してください」と、「ごめんなさい」というのは、ハワイ語ではまったく別な意味にもなるそうだ。許してください、というのは、ハワイ語でKalamai カラマイで、これは「太陽の光を見せてください」というような意味にもなるというのだ。そして、ごめんなさい、と翻訳されているMihiミヒは、「ありのままの現実を認めます」という意味にもなるのだと言う。

この意味ならば、フナの原則からして、納得できる。フナでは、私たちの意識が現実を作り出していると考えるのだけれど、それを変えるには、まず現実をありのままに見るのが、最初のプロセスだ。ありのままに見たときに、自分の意識のどこが歪んだ現実を映し出してしまったのかが、初めて見えてくる。それに気づけたとき、作り出されていた状況をまっさらに戻して、新しく作り直すことが可能になる。つまり、現実をありのままに認め(ミヒ)たときに、すべては光に満たされる(カラマイ)ことになる。これは、伝統的なホ・オポノポノで、当事者が罪を認め、和解して、すべてをなかったことにする、というプロセスに相応している。

ところで、この4つの言葉を唱えるメソッドを考案したのは、ヒューレン博士という人で、この人はモルナ・シメオナというハワイの女性ヒーラーのメソッドから、このメソッドを作り出したということだった。シメオナは、ハワイの伝統だけではなく、キリスト教エドガー・ケイシーのメソッドなどにも影響を受けているというのだけれど、彼女がやったのは、とにかくあらゆる場面で罪を赦しまくるというもので、戦闘地域に出かけていって、その怒りや苦しみを赦したりしていたそうだ。だから、彼女がやったのは、「私は罪を赦します」ということなのだけれど、どういうわけでこれが「私を赦してください」となったのだろう?

キリスト教のことを調べていたときに、正教には原罪の概念はなく、これはローマ・カトリック教会が作り出した概念だったらしいということが見えてきたのだけれど、このヒューレン博士の「ごめんなさい、許してください」というのは、カトリック的な原罪を思い起こさせる。何をしたからとかいうことではなくて、人間ならば必ず罪を犯しているはずだ、罪深くない人間などはいない、という考えから来ていることになるからだ。この言葉を唱えることによって、縮こまっていくような気がするのは、原罪のような罪の意識を植えつけられるからなのかもしれない。罪の意識というものは、何よりも人間の力を失わせて、自分を守れないようにしてしまう。だから、ローマ・カトリック教会では、イエスの教えにはなかった原罪の概念を作り出して、それを植えつけようとしたのだ。

ナザレのイエスは、「あなたの罪はゆるされた」と宣言することによって、病人や罪人を癒やした。これはまさに、現実は私たちの意識が作り出しているから、意識を変えることによって、どんな罪も消し去ってしまうことができる、というフナと同じ原理を使っている。ナザレのイエスは、この教えを古代ユダヤ神秘主義の流れを組むエッセネ派から学んだのではないかと言われているけれど、ハワイのフナもまた、実は古代ユダヤ神秘主義が弾圧を逃れて太平洋の孤島まで脱出してきたために、伝えられたのだという説もある。これは、イギリスに最初にフナを伝えた言語学者のマックス・フリーダム・ロングが言ったことなのだけれど、彼はフナで使われているハワイ語を調査していったところ、古代ユダヤの言語と異様に似ているだけではなく、言語の中にまるで暗号コードのように、神秘主義的な教えが入れ込まれているということを発見したのだという。

ハワイ語は、一つの言葉にとても多くの意味があり、だから「ごめんなさい」という言葉が「解放の光を私に見せてください」という意味になったりもするのだろう。フリーダム・ロングが、言語自体が暗号コードのようだと言っていたのは、どうもそうしたことを言っているようだ。

もしそれが事実だとしたら、フナは教えを弾圧から守るために太平洋の真ん中までやってきたのにもかかわらず、21世紀になって、またイエスの教えと同じ封じ込めを受けているということになる。解放の教えであるものを、罪の意識を植えつけることで、支配の構造にしてしまうやり方だ。まさにこの封じ込めが、この数千年、支配と戦いの歴史を人類が生きることになった根幹にある。

歴史的にロシアが絶えず攻撃され続けてきたのは、実はその背景に西側キリスト教世界と正教の対立があったということが、この頃見えてきた。バチカンを背景とした西欧の支配勢力は、正教をつぶして、人々に罪の意識を植えつけて、支配可能にしようと絶えず狙っているのだ。ハワイのフナが偽物扱いされることになったのも、同様のことが根底にあるのだろう。フリーダム・ロングやカヒリ・キングによって、フナが再び浮上しようとしていたために、それをたたきつぶそうとしているのだ。

その場ですべてを白紙に戻して、平和と調和を作り出してしまうメソッドは、人を解放してしまい、支配して戦争させることができなくしてしまう。これは、ロシア大統領プーチンが、腐敗を一掃するときに使ったアムネスティのやり方とも通じている。明日から行いを改めるなら、これまでの罪はすべて帳消しにする、と宣言することで、社会に速やかに調和を作り出すことができるのだ。許しの力とは、このようにして使うべきものだ。

ハワイはアメリカの重要な軍事拠点である一方で、アメリカによるハワイの領土化は不法だとして、独立運動も起こっているそうだ。そうした中で、フナをつぶすための情報操作が行われているとしたら、軍事関係の組織が関わって、プロパガンダ工作を展開しているということも大いに考えられる。

私にとっては、このことは、フナがそれほどに恐れられているということ、そして、実際にフナはそれほどにパワフルな現実変容のメソッドだということを、確かめることにもなった。フナは、瞬時にして争いを調和に変えてしまう、平和のメソッドそのものなのだ。フナの原理を知ることで、私たちは本当に戦う必要などないこと、調和を作り出して、どんな人々とでも平和に共存していけることを、知ることができる。正教やフナが弾圧を受けることで表に浮かび上がってきたのは、ついにそれが復活して、本当に平和な世界に移行するときが来ているからなのじゃないかという気が、私にはするのだ。

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画像は、
フナのシンボル、カナロアの目
カウアイ島