【エクソソーム、自然免疫】

Yoshiyuki Sato
【エクソソーム、自然免疫】
実は、和多志が、シヴァ博士に注目したのは、彼の免疫システム理論が、おそらく最先端で、エクソソーム理論とも、親和性が高く、今まかり通る医療介入全体主義を乗り越える理論的な土台を提供してくれるのではないか、とそのように感じたからでした。以下、粗々メモを失礼します。

今回、共有させて頂きたいのは、過去2年以上にわたって世界を賑わせてきた事(2022年1月現在)。私は仏法的な視座からこの問題について考えてみました。今般のCovid19パンデミックについて考えるときの必須の鍵概念となるのは「細菌理論(germ thoery)」と「領域理論(terrain thoery)」。いかに強毒であれ感染力があれ、単に外部に細菌やウィルスが存在するというだけで、それに感染するということを意味するものではない。ここで考慮しなくてはならないのは、人間の身体が有する自然免疫と人体に害をもたらす要素との相互影響関係だ(免疫が強ければ外敵に対処でき感染に至らないから)。自然免疫には既に常に数兆単位のウィルスが必須の存在として組み込まれている。近年、腸脳相関-腸には数兆のウィルスが常駐して、新陳代謝、消化、疾病予防等の役目を果たしている-という概念が生物学者脳科学者、心理学者たちの間でホットな話題となっている。明らかに、世界各国の政府の感染症対策がその基礎としている感染症モデルは完全に時代遅れなのだ。マサチューセッツ工科大学のシヴァ博士(email発明者)が、我々の免疫理論は50年以上遅れており、最新の免疫理論に遥かに遅れをとっていると指摘している通りである。今や我々は、「感染」「ウィルス」「ワクチン」「病気」「健康」という概念群について再考と再定義を行わなければならない時に来ているのではないか。

https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=pfbid0cgBXWKnnjbNnGnsuexD5waQSfaRaK5NoJYuS9ptomyyhntBDudpnc6Gt9DkenF9el&id=100064836895051&mibextid=WC7FNe

【情報封鎖が突破された】

【情報封鎖が突破された】

https://www.facebook.com/share/p/xSL5DrFQE9jM4Xjw/?

タッカー・カールソンのプーチンのインタビューが公開されてから2日ほどした頃に、ロシアのテレビ番組で、「このインタビューは、西側の情報封鎖を破った」と報道されていたそうだ。Xで公開されたこのインタビューは、たった一日で1億6千回以上も再生され、これはアメリカで最も視聴率の高い番組よりも、何倍も高い。しかも、このインタビューがアメリ東海岸タイムの18時に公開されてから、CNNの視聴率がいつもよりぐっと低下したそうだ。CNNは、コロナの報道の頃から、もうすでにずいぶん視聴率が下がっていたようなのだけれど、ということは、まだCNNを見ていたアメリカ人でさえも、プーチンのインタビューを見たということになる。

ロシア大統領報道官のドミトリー・ペスコフが、テレビのインタビューに答えて、「このインタビューで、アメリカの普通の人たちに、ロシア側の情報が伝わったのは、いいことだった」と、これまで見たこともないくらいに輝いた顔をして言っていた。まるで、戦闘で敵の包囲網をついに破った、とでもいうような顔の輝かせ方だと思った。情報戦は第二の前線だ、とロシアでは言っていたようなのだけれど、
このインタビューは、まさに最も強固な包囲網に、最初の決定的な風穴を開けたというようなものだったと思う。

これまでも、独立系のジャーナリストたちが、ロシアの情報を命がけでレポートして、テレグラムなどで西側諸国の人々に流していたから、そういう情報を追いかけている人たちは、ロシアの本当の状況を知っていた。その下地があったところに、タッカー・カールソンみたいに有名なジャーナリストがインタビューを公開するとなって、普通にテレビを見ていた人たちまで、このインタビューを見たのだ。これはまさに、アメリカで情報操作をしていた人たちが、最も防ごうとしていた事態だった。

インタビューの直後、カールソンは、クレムリンの控室でコーヒーを飲みながら、最初の動画メッセージを出していた。そのときはただ、インタビューは予想外の展開だったということ、プーチンは西側がロシアを受け入れなかったことを怨んでいるようだということくらいしか言っていなかった。まだ自分の中でインタビューの内容が整理されていない。これを完全に理解するには、まだ時間がかかるだろうと。

インタビューの内容は、ロシアの情報を追っていた人たちには、ほとんど何も新しいことはなかったけれど、カールソンはやはり情報封鎖の壁の向こう側にいた人だったらしい。インタビュー直後は、まだすべてが新しすぎて、一種のショック状態だったようだ。これまで知らされていたようなこととは、まったく違うようだということはわかったものの、それが本当なのかも、それが何を意味するのかも、まだはっきりつかめてはいない、という風だった。

その後、ロシアのテレビ局のインタビューか何かで、モスクワのどこかからの動画メッセージが出ていて、そのときは「ロシアは領土を拡大しようとなんかしていないんだ。ロシアが侵攻してくるだなんて、そんなことを言うのはまったくバカげている」と言っていた。

「ロシアはこれだけの広大な領土があり、たくさんの民族がいて、言語も宗教もさまざまで、一体どうやって治められるのかもわからない。これでどうしてポーランドを占領したいんだ? 一体何のために? 資源なんか、ロシアにはいくらでもある。ありあまるくらいだ。あのヌーランドの大嘘つきが、ロシアがヒトラーだとか軍国主義大日本帝国だとかみたいに、宣伝したんだ」そう語っていたのだ。そのときのカールソンの顔は、真実を知って驚いている人のように、目が大きくなっていて、澄んだ光を放っていた。

あのインタビューの内容が、じわじわと浸透していっているのだ。カールソンの中で、ロシアに対する意識が刻々と変わっていっている。そしてそれと同時に、カールソンを追っているアメリカの人たちもまた、意識を変えていくのだろう。そのプロセスがまさに起こっているのだ。大統領報道官のペスコフのあの顔の輝かせ方は、このことを意味していたのに違いない。第二の前線である情報戦で、ついに包囲を突破したということ。たった一箇所でも、包囲を破ったら、あとは時間の問題だ。第二次世界大戦で、レニングラードの包囲を突破して、街をついに解放したときと、同じようなプロセスだ。最初の突破口ができたら、それを広げていくのは、はるかに容易なのだ。

このときの動画メッセージでは、カールソンは、ロシアがウクライナと停戦協定を結びたいと考えていることに驚いた、と言っていた。彼は、西側のメディアや政府が言っている通りに、ロシアは停戦するつもりはなく、ウクライナ全体を占領し、ポーランドまで侵攻しようとしているのだと思っていたらしい。「あるいはプーチンが嘘をついていたのかもしれないけれど」と言いながら、しかし、プーチンは何度も和平交渉のことを言っていたし、イスタンブールで行われた2022年3月の交渉では、すでにウクライナの提案を承諾していたという話もしていた。それを、イギリスの当時の首相ボリス・ジョンソンが、停戦するなとウクライナを説得して、すべてはおじゃんになったのだと。

そして、ロシアがクリミア半島ウクライナに返還するなんて、そんなことを考えるのは、頭が狂っている、とも言っていた。クリミア半島は、もともとロシア人が住んでいた土地だし、住民投票で併合されたんだからと。ヌーランドはプーチンを降ろせと言ったけれど、あれだけの大きな国を弱い指導者が治めたりしたら、それこそ核戦争が起こる、とも言っていた。ガダフィを殺したあと、リビアはどうなったのか、フセインを殺したあと、イラクはどうなったのか、あれと同じことがロシアみたいな核兵器保有する大国で起こったら、それこそ大変なことだ、と。

その後、カールソンは、ドバイの政治イベントでスピーチしていたけれど、そこでは、モスクワの街はとてもきれいで安全で、食べ物もサービスもすばらしく、あんな快適な街は、アメリカには一つもない、と言っていた。これは政治力の差を示すものだと。ニューヨークの地下鉄は、治安が悪いし、汚いし、使わない人も多いけれど、モスクワの地下鉄はまったく違う、と。

多くのアメリカ人は、90年代のモスクワのままだと思っているのかもしれない。薄暗くて煤けていて、寂れていて、治安が悪い街のままだと。カールソンは実際にモスクワの街を歩き、地下鉄に乗り、スーパーで買い物したりもして、これまで思っていたロシアのイメージが、ガラガラと崩れていったのかもしれない。ロシアはもはや貧しい共産国ではなく、独裁的な国でもないのだ。

そして、ドバイでもまた、ロシアにクリミア半島を返還させようなんて気狂いじみているとか、ロシアは平和的に交渉する用意があるのに、西側が何度も壊したのだということを、興奮した調子で語っていた。そのときは、モスクワで語っていたときのような、懐疑的な調子はもうなくなっていた。ロシアは平和的な関係を望んでいて、交渉に応じる用意があるのに、NATOがあくまでロシアと敵対して、追い詰めてきた結果、今のウクライナの戦争になったのだということに、すっかり納得しているようだった。

このときには、ロシアにはアメリカよりも多くの検閲があるけれど、とカールソンは言っていたけれど、もう少し長くモスクワにいたら、ロシアでは言論弾圧をしていないということにも、納得するのかもしれない。実際、ロシアではアメリカのCNNでさえ見ることができ、そういう情報を信じて、反戦運動をしている人たちもいるくらいだ。一方、アメリカでは、ロシアのメディアは一切排除されていて、動画もたちまち削除されている。検閲が多いのは、アメリカの方なのだ。

ロシア大統領報道官のペスコフは、アメリカ人はとても閉鎖的な国民で、外国のことをまったく知ろうとしないと、テレビのインタビューで言っていた。だから、カールソンのインタビューは、普通の閉鎖的なアメリカ人に、外国のことを知らせる機会になったのではないかと。アメリカ人が、外国のことを知ろうとしないというのも、メディア操作で作られていた状況だったのかもしれない。世界で最も国際的な影響力の強い国の人々が、外国のことを知ろうとしていないとは、考えてみたら実に奇妙なことだ。まさにそうした状況こそが、戦後のアメリカの覇権主義的な世界支配を可能にしてきたのだろう。一般のアメリカ人たちは、何も知らされないままに、税金のかなりの部分を、外国での残虐行為に使われていたのだから。

独立系メディアですでにロシアのことを知っていた人たちがいて、そこにカールソンからの情報が入ってきたとき、オセロの駒のように、それまで少数派だった方が、たちまち多数派に変わってしまうようなことも、起こるのかもしれない。あの歴史的なインタビューのあとで、カールソンがモスクワから、そしてドバイから、刻々と変化していく見解を語っていくのを見ていて、そのプロセスをまさにリアルタイムで目撃しているような気がしている。



平和のメソッド

【平和のメソッド】

https://www.facebook.com/share/p/Q68h3hZx4CiwmTK5/?mibextid=WC7FNe

ホ・オポノポノは、ハワイに伝わる調和を作り出すメソッドなのだけれど、十数年前に、4つの言葉を唱えるメソッドが出てきたとき、それまでのホ・オポノポノを知っていた人たちの中には、奇異な感覚を覚えた人も少なくはなかったようだ。

私は、ハワイのシャーマニズムであるフナにそれまでも親しんでいて、ずいぶんいろいろなことを実践してもいたのだけれど、4つの言葉を唱えるホ・オポノポノは、それとはまったく異質なもののように思えた。それというのも、ハワイのメソッドは、多くの場合、とても実践的で柔軟で、創造的でさえあるものだったからだ。それが、状況も何も関係なく、ただ「ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています」という4つの言葉を唱えろというのは、何か根本的なところで別物のようだ。唱えたところで、確かにある種の解放の感覚はあるけれど、フナのメソッドを使ったときのようなパワフルな感覚とは、本質的に違っている。

ところで、その4つの言葉を唱えるメソッドこそが、もともとのホ・オポノポノであるかのように思われるようになってくると同時に、フナについてほとんど語られなくなっていった。どうもおかしいと思っていたら、それまでフナの第一人者と思われていたマックス・フリーダム・ロングやサージ・カヒリ・キングまでが、偽物だという話が出回っていた。ヴィキペディアの記述が書き換えられていて、グーグル検索でトップに上がってくるのは、そうした記事ばかりになっていた。

この数年間、真実がいかに隠され、情報が操作され、虚偽が真実としてまかり通っていくかを、私たちはさんざん見てきた。それまで第一人者だった学者たちが、テレビに呼ばれなくなり、さらには詐欺師扱いされ始めたりもした。ヴィキペディアの記述が書き換えられ、ネット情報が操作されて、「自分で調べた」人たちも、書き換えられた情報を信じるようになっていった。そうしたことを見てきた私たちにとって、フナをめぐって起こったことが、何を意味しているのかは、だいたい見当がつく。

もともと、フナというのがハワイのシャーマニズムを指す言葉で、ホ・オポノポノというのは、その中で人間関係を調和させるメソッドのことだけを言っている。そして、伝統的なホ・オポノポノというのは、ただ決まった言葉を呪文のように繰り返すようなものではなくて、争いが起こったときに、それを調停して、再び平和を作り出すためのやり方なのだ。これについては、リリウオカラニ女王児童センターが刊行した「源泉を見よ」という本の中に書いてあるそうだ。

カヒリ・キングの「インスタント・ヒーリング」には、この伝統的なホ・オポノポノのことが書いてある。それは儀式のような形式をしてはいるけれど、一種の裁判というか調停のようなプロセスだ。当事者たちが集まって、主催者の指示に従って、一人ずつ自分の訴えや見解を話していく。そのときに、一度に一人だけが話し、その間は他の人たちは謹聴していなければならないという決まりがある。

そのあとで、罪を認めるというか、確かに私はこの人の感情を傷つけてしまいました、というような告白があり、これからは行いを改めますとか、そういう宣言があって、和解となる。そこで、これでこの問題は終わったから、今後はもうこれを問題にしてはいけない、ということが宣言される。最後は、全員に対して感謝とかお祝いのようなことが言われて、会食になって、終わりになる。

だから、これは裁判のように、誰が悪かったかを決めるのが目的ではない。人間関係に調和を取り戻すことが目的なのだ。人間関係の中にぶつかり合いがあるとき、関係がギスギスして、人々は緊張状態になって、身体がガチガチになり、病気にもなる。その状態を解いて、皆が緩んで調和した状態にするのが目的なのだ。だから、罪を認めて、行いを改めることを宣言したら、そのあとは、もう罪はなかったことになる。その状態へ進むことが目的なので、だから人を傷つけるようなことをしてしまった人も、すんなりと罪を認められるのだと思う。しかし、なかなかここまで行かないこともあって、そういうときにはこの儀式は何日にも及ぶこともあるそうだ。

フナの教えの根幹には、私たちの意識が現実を作り出しているという認識がある。これは、般若心経の色即是空、空即是色というのとも似ている。私たちは、これは悪だ、罪だ、どっちが加害者で誰が被害者だ、というようなことも、根本のところでは、意識で作り出している。だから、意識を変えることによって、すべてをなかったことにしてしまうこともできるのだ。そのために、自然なプロセスで意識を変えていき、すべてを帳消しにして、調和の状態を取り戻すメソッドが、伝統的なホ・オポノポノだと言える。

このメソッドが、「ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています」の4つの言葉をただ唱えるというものに取って代わったのは、どうも奇妙だ。状況も理由もなく、ごめんなさい、許してください、と言うのでは、伝統的なホ・オポノポノにある、感情を解放して調和を作り出す力がない。これで効果があったという人もいるけれど、逆に縮こまって力がなくなってしまう場合も少なくない。どんな場合にも同じ言葉を唱えるだけというのは、あまりにも単純なようだし、押しつけになっていることも多いような気がする。

ところで、この4つの言葉のうち、「許してください」と、「ごめんなさい」というのは、ハワイ語ではまったく別な意味にもなるそうだ。許してください、というのは、ハワイ語でKalamai カラマイで、これは「太陽の光を見せてください」というような意味にもなるというのだ。そして、ごめんなさい、と翻訳されているMihiミヒは、「ありのままの現実を認めます」という意味にもなるのだと言う。

この意味ならば、フナの原則からして、納得できる。フナでは、私たちの意識が現実を作り出していると考えるのだけれど、それを変えるには、まず現実をありのままに見るのが、最初のプロセスだ。ありのままに見たときに、自分の意識のどこが歪んだ現実を映し出してしまったのかが、初めて見えてくる。それに気づけたとき、作り出されていた状況をまっさらに戻して、新しく作り直すことが可能になる。つまり、現実をありのままに認め(ミヒ)たときに、すべては光に満たされる(カラマイ)ことになる。これは、伝統的なホ・オポノポノで、当事者が罪を認め、和解して、すべてをなかったことにする、というプロセスに相応している。

ところで、この4つの言葉を唱えるメソッドを考案したのは、ヒューレン博士という人で、この人はモルナ・シメオナというハワイの女性ヒーラーのメソッドから、このメソッドを作り出したということだった。シメオナは、ハワイの伝統だけではなく、キリスト教エドガー・ケイシーのメソッドなどにも影響を受けているというのだけれど、彼女がやったのは、とにかくあらゆる場面で罪を赦しまくるというもので、戦闘地域に出かけていって、その怒りや苦しみを赦したりしていたそうだ。だから、彼女がやったのは、「私は罪を赦します」ということなのだけれど、どういうわけでこれが「私を赦してください」となったのだろう?

キリスト教のことを調べていたときに、正教には原罪の概念はなく、これはローマ・カトリック教会が作り出した概念だったらしいということが見えてきたのだけれど、このヒューレン博士の「ごめんなさい、許してください」というのは、カトリック的な原罪を思い起こさせる。何をしたからとかいうことではなくて、人間ならば必ず罪を犯しているはずだ、罪深くない人間などはいない、という考えから来ていることになるからだ。この言葉を唱えることによって、縮こまっていくような気がするのは、原罪のような罪の意識を植えつけられるからなのかもしれない。罪の意識というものは、何よりも人間の力を失わせて、自分を守れないようにしてしまう。だから、ローマ・カトリック教会では、イエスの教えにはなかった原罪の概念を作り出して、それを植えつけようとしたのだ。

ナザレのイエスは、「あなたの罪はゆるされた」と宣言することによって、病人や罪人を癒やした。これはまさに、現実は私たちの意識が作り出しているから、意識を変えることによって、どんな罪も消し去ってしまうことができる、というフナと同じ原理を使っている。ナザレのイエスは、この教えを古代ユダヤ神秘主義の流れを組むエッセネ派から学んだのではないかと言われているけれど、ハワイのフナもまた、実は古代ユダヤ神秘主義が弾圧を逃れて太平洋の孤島まで脱出してきたために、伝えられたのだという説もある。これは、イギリスに最初にフナを伝えた言語学者のマックス・フリーダム・ロングが言ったことなのだけれど、彼はフナで使われているハワイ語を調査していったところ、古代ユダヤの言語と異様に似ているだけではなく、言語の中にまるで暗号コードのように、神秘主義的な教えが入れ込まれているということを発見したのだという。

ハワイ語は、一つの言葉にとても多くの意味があり、だから「ごめんなさい」という言葉が「解放の光を私に見せてください」という意味になったりもするのだろう。フリーダム・ロングが、言語自体が暗号コードのようだと言っていたのは、どうもそうしたことを言っているようだ。

もしそれが事実だとしたら、フナは教えを弾圧から守るために太平洋の真ん中までやってきたのにもかかわらず、21世紀になって、またイエスの教えと同じ封じ込めを受けているということになる。解放の教えであるものを、罪の意識を植えつけることで、支配の構造にしてしまうやり方だ。まさにこの封じ込めが、この数千年、支配と戦いの歴史を人類が生きることになった根幹にある。

歴史的にロシアが絶えず攻撃され続けてきたのは、実はその背景に西側キリスト教世界と正教の対立があったということが、この頃見えてきた。バチカンを背景とした西欧の支配勢力は、正教をつぶして、人々に罪の意識を植えつけて、支配可能にしようと絶えず狙っているのだ。ハワイのフナが偽物扱いされることになったのも、同様のことが根底にあるのだろう。フリーダム・ロングやカヒリ・キングによって、フナが再び浮上しようとしていたために、それをたたきつぶそうとしているのだ。

その場ですべてを白紙に戻して、平和と調和を作り出してしまうメソッドは、人を解放してしまい、支配して戦争させることができなくしてしまう。これは、ロシア大統領プーチンが、腐敗を一掃するときに使ったアムネスティのやり方とも通じている。明日から行いを改めるなら、これまでの罪はすべて帳消しにする、と宣言することで、社会に速やかに調和を作り出すことができるのだ。許しの力とは、このようにして使うべきものだ。

ハワイはアメリカの重要な軍事拠点である一方で、アメリカによるハワイの領土化は不法だとして、独立運動も起こっているそうだ。そうした中で、フナをつぶすための情報操作が行われているとしたら、軍事関係の組織が関わって、プロパガンダ工作を展開しているということも大いに考えられる。

私にとっては、このことは、フナがそれほどに恐れられているということ、そして、実際にフナはそれほどにパワフルな現実変容のメソッドだということを、確かめることにもなった。フナは、瞬時にして争いを調和に変えてしまう、平和のメソッドそのものなのだ。フナの原理を知ることで、私たちは本当に戦う必要などないこと、調和を作り出して、どんな人々とでも平和に共存していけることを、知ることができる。正教やフナが弾圧を受けることで表に浮かび上がってきたのは、ついにそれが復活して、本当に平和な世界に移行するときが来ているからなのじゃないかという気が、私にはするのだ。

***
画像は、
フナのシンボル、カナロアの目
カウアイ島

地球が自転しているなら

@toyo1126Q17
地球が自転しているなら、海の水はいつもこのようになっていなければなりません😄👍

幼児義務教育課程のコメントの一部を紹介
👇🏽🐷コメント1
みんな馬鹿にしているが、ネタツイとして秀逸。
本気なら義務教育の敗北を確信するが、そんな筈はないので称賛する意見があっていい。必死に叩いている方に韓非の「智を以って愚に説けば必ず聴かれず」という名言を教えたいな。馬を動かすためにガソリンを注ぐようなものでそもそも方法が間違い。
👇🏽🐷コメント2
自転により発生する遠心力より、重力の方が遥かに強いので水位に殆ど影響ありません。
自転によって発生する遠心力は、重力のおおよそ0.5%です。
👇🏽🐷🐷🐷コメント3
これで地球平面説は無くなったね
👇🏽🐷👉🏿🐷コメント4
フラットアースならそうなりますね
球体で尚且つ重力が働いているから、そうならないんですよ。わざわざフラットアースの否定材料、ありがとうございますw
👇🏽🐷💩コメント5🐷💯
マトリックスの世界ではありそうですかねq
👇🏽🐷コメント6
自転してるから地球は楕円形に見えるんだよ
月の重力で満潮と干潮があるように重力で多少抑えられてる所はあるけど
ちゃんと物理法則に従って変形してるよ
疑問に思う事ってすごく大事だよね😊
👇🏽🐷💩💩💩🐷コメント7
じゃあどこで平面の地球見たんですかwww
👇🏽🐷🐷🐷🐷🐷🐷コメント8
バカがおる🤣🤣🤣🤣🤣🤣
重力は無いって主張やけど、重力無かったら容器の下方に水が留まらんのよw
回した後の遠心力が抑制されないで水は両端に寄ったままなのよw
👇🏽🐷コメント9
地球自転の遠心力で海水は赤道に実際に偏っていますが、重力があるので地球に繋ぎ止められています。なので、もしも地球の自転が止まったとしたら、海水は北極南極の方へある程度流れていきます。
🐷🐷👇🏽コメント10
じゃあ地球に重力がないという証拠でもくれや笑
どーせ無理だろうけど爆笑爆笑
ツイート見ろとか言うん許さんで?
ちゃんとこのポストにその証拠出せよ?
🐷👇🏽🐷コメント11
重力で引っ張られてるからそうはなならいよ
👇🏽🐷🐷🐷🐷🐷🐷🐷🐷💩コメント12
自転はしてるやろw
義務教育受けてないんか?かわいそうなやつだな
👇🏽🐷コメント12
地球の自転って24時間で1回転だから、その速度で回さなければいけないのでは。
あとこの装置だと遠心力は働くけど、真ん中(遠心力と反対方向)に引き寄せる重力に当たるものがない。
👇🏽🐷コメント13👉🏿🐷
ゆれが少ない新幹線に乗っていると高速で移動しているような体感はありません。
地球も同じでしょう。
👇🏽🐷コメント14
いつも頭が悪そうなツイートを見て元気もらってますありがとうございます
👇🏽🐷コメント15
うーんなんて言うか、あなたは他の人とは
考え方がちょっと違う…んですね
だから周りからおかしいって言われてるのを自覚した方が良いのでは…??
👇🏽🐷💩💩💩コメント16🐷👉🏿🐷👉🏿💩💯%幼児
義務教育受けた??🤣
👇🏽🐷コメント17🐷🐷🐷
重力を信じてないならなんであなたは今地面にいるんですか?空に飛んでいかないのはどうしてだと考えてるの?
👇🏽🐷コメント18
球体じゃないものでやっても意味なくね?
てかこの人ほかのリプで地球は平面だとか重力ないとか言ってるけどコンギョどこやねん

https://www.facebook.com/share/v/WpxYRDpCihTym2ip/?mibextid=WC7FNe

【大きく考えるとき】

【大きく考えるとき】

https://www.facebook.com/share/p/4KU7cMJrr5VKSR2B/?mibextid=WC7FNe

私たちは、何か問題に直面したときに、これまで知っているような範囲で解決を探そうとするのだけれど、どうにもならないときには、望みを大きくした方が、却ってうまくいくこともある。これまでは、こんなことは自分にはできないとか、こんなことは無理だと思っていたようなことまで、視野に入れて考えてみると、案外そんなのが当たりだったりするのだ。これは、波乱な人生を送ってきた人なら、知っていると思う。どうにもならないようなところまで追い詰められたときにこそ、それならと大きく出る気になりもする。どうせどうにもならないのなら、前からやりたかったことをこの際思い切ってやってみようと思ったりする。そして、それが、不思議とうまくいったりするのだ。

それは、つまるところ本当の魂の望みだからなのだけれど、そこへ行くために、世間体がいいような普通のことからは、出ていかなくてはならなかったりする。実のところ、まさにそのために、どうにもならないような事態に追い詰められるのかもしれない。そうでもなかったら、やってみようとしないことへと、飛び込んでいくためにだ。

昨年に続いて、世界が大きく変わっていこうとしているのはわかるのだけれど、西側諸国では、あまりに理不尽なことがますますまかり通っている。ドイツでは、小規模農業がつぶされようとしていて、農民たちがドイツのいたるところで、抗議デモを行なっている。既存の政党がすべてグローバリストに乗っ取られている状態なので、「ドイツのためのオルタナティブ」という新しい政党が支持を伸ばしていて、とりわけ旧東独の地域では、支持率が3割にも達して、第一位だそうだ。

それで、主流メディアは一斉に、ネオナチだの極右集団だのユダヤ人差別だのと言っているらしい。コロナのときから、政府に批判的な見解は、すべてネオナチで極右で危険思想で、と騒ぎ立てていたので、またかという感じなのだけれど、今度は政府がこの政党を禁止しようとしているというのだ。政府に批判的だと、危険思想だから禁止にするべきだという。これはまさにナチがやったことで、これこそは独裁政治というものなのだけれど、テレビをまだ信用している人たちは、それにもまだ気がつかないらしい。

しかも、ドイツのあちこちで、この政党に反対するデモが呼びかけられていて、大勢の人たちが集まっているというのだ。既存の政党を含めて、ありとある組織が招集されたらしい。しかし、インタビューに答えていた人たちは、実はやらせだったりしたらしい。「ドイツのためのアルタナティブ」の政治家が、自らデモの人たちにインタビューしていた動画もあったのだけれど、参加者は反対する理由を聞かれても、「何か違和感がある」とかそんな風なあいまいなことしか言えなかった。どうも、わけもわからず集められた人たちだったようだ。

この頃、西側諸国では、何とかグローバリストの路線で政治を動かそうとして、ここまでやるかというくらいの無茶を押し通しているように見える。フランスは、内閣を入れ換えて、マクロンのホモ友達のマリオネットを要職につけたりしていたけれど、それで密かにウクライナに軍隊を送ったりしているから、どうもそれが目的だったらしい。数日前に、ハリコフで兵士の宿舎がミサイル攻撃されたのだけれど、犠牲になったのが60人のフランス兵だったのだそうで、それでフランス政府がウクライナに軍隊を送ったとことが暴露して、大騒ぎになっていた。

そのことで、ロシア外務省はフランス大使を呼び出して事情を説明させたのだけれど、フランス防衛大臣は、あれは休暇中の兵士たちだったから、フランス軍の関知するところではない、と言ったそうだ。兵士たちを退任させたり、休暇を与えたりして、傭兵としてウクライナの戦場に送るということは、NATOがこれまでもやってきたことなので、新しいことでもない。そして、ロシアは最初から、外国から傭兵が来たら、宿舎ごと攻撃すると宣言していたのだ。だから、傭兵としてウクライナへは行かないようにと。

昨年夏から、ウクライナ側の犠牲者の数が毎日1000人近くに上っているのに、おそらくそんなことは知らされていないのだろう。ウクライナでは、病人でも障害者でも年輩者でも誰でも彼でも強制的に前線に送っているような状態で、訓練も何もなく、いきなり戦場に送られているので、あっという間に犠牲になってしまう。まるきり意味もないのに、いったいどうしてこんなことが続いていくのか、とても理解できない。

ウクライナの政治家たちにしてみれば、戦争を続けているかぎりは、お金がまわってくるし、ともかくも戦争犯罪を問われないでいられるから、やめるわけにもいかないのかもしれない。西側グローバリストにとっては、ロシアが勝ったら、世界的な主導権が英米からBRICSに移ってしまって、これまでのように搾取できなくなってしまうので、何とかそれを防ごうとして、あらゆる無茶をやっているらしい。日本で新年から立て続けに起こっている震災や事故や火災も、それと関係があるように思える。やはりここでも、グローバリストに乗っ取られている政府が、国民を犠牲にしてでも、ウクライナを支援しようとしたり、アメリカから武器を買ったりしているようだ。

いたるところで、もう先がなくなっているのが見えるのだけれど、どうも適当なところで小さくまとまる気配がない。もうとことん壊れるところまで行こうとしているように見える。そのために、目覚める人たちも増えているのだけれど、テレビを信じている人たちもまだまだいる。これはもう小さくまとまることを期待するよりも、とことん壊れて、新しくなることを考えた方がいいのかもしれない。

数日前に、ロシア外務省報道官のマリア・ザハロワが、ウクライナの昨年一年の負債がすでにGDPの90%にも上っていると言っていた。アメリカの負債は何と、GDPの100%以上なのだそうだ。それで、ウクライナは、借金の肩に国を丸ごと売ることになるだろうと言っていたけれど、ロシアはソ連崩壊のときに、まさにそれを経験している。ソ連は、アメリカとの軍備競争で負債を背負い、それで国はなくなり、公共事業のすべては売り払われ、国民はとつぜん何の保障もなく放り出されたのだ。その状態が10年も続いたあとで、腐敗を一掃して、国を建て直したのが、プーチン政権だったわけだ。

だから、プーチン政権ができてから、西側グローバリストは、ウクライナに代理戦争をさせて、ロシアを再びつぶすべく、ウクライナを操作していた。それで、バイデン政権になってから、アフガンから米軍を撤退させて、ウクライナの戦争が始まった。ロシアはこの西側の策略を乗り切って、多極化世界の構造を作ってしまったのだけれど、実際、それ以外に乗り切る道はなかったと思う。

しかし、ウクライナアメリカも、すでにグローバリストに支配され切っているような状態なのに、いったいこれ以上何が取れるというのだろう? これはむしろ、グローバリストたちがもろともに滅びていくところだと考えた方がいいようだ。

追い詰められ切ったときにこそ、大きく考えるときなのかもしれない。西側世界では、これまでの経済も産業も残らず壊れてしまうのかもしれないけれど、あるいはそれも、新しく始めるのにはいいことなのかもしれない。これまでの社会だって、結局のところは軍事産業資本の支配が作り出した価値観に従ってできていたわけなのだから、そんなものからも離れて、本当に私たちが望むような価値観でできている社会を、目指していった方がいいのかもしれない。たとえ今は、それがもっとも遠い目的に向かっているように見えていても、方向さえ確かなら、それが次の瞬間には社会の中心になっていくかもしれないのだから。

時代は、世界が大きく転換するところへ来ているようだから、どのみち今までのような社会が復活することなどは、考えてもしようがないのだと思う。それで、グローバリストたちは、完全管理社会になって、誰も所有しなくなる共産主義経済が来るのが人類の未来なのだと思い込ませようとしているけれど、そんな変化のために、今の危機が起こっているわけではない。世界が多極的な調和へと向かっているのは、まったく確かなことだ。

これまで私たちは、経済成長だの競争の原理だのを価値観として信じ込まされてきたのだけれど、それもすべては、グローバリストの支配の中で、ロボットのように働かされるためにすぎなかったのだ。私たちは、あまりにも長いこと、そうした価値観に慣らされてきたので、それ以外のものを考えることもできないくらいだけれど、そんなものではない本当の価値観、本当の自分の望みを、考えるときがもう来ているような気がする。そして、ずっと高次元の領域から見たならば、まさにそのために、今私たちは、これほどまでに無茶苦茶な追い詰められ方をしているのかもしれないと思うのだ。だから今こそ、これまでの常識を超えて、大きく考える(Think big)ときなのじゃないかと思う。

**

画像は、ライダー版のワンドの3。今の世界の状況を占ったら、これが出た。

新しい地平が開ける年

【新しい地平が開ける年】

📸 Facebookでこの投稿を見よう https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=pfbid0kbH31wEak8xUfZokUDMTPoL7npi4vo5KNkEwig9pSbgjMdWaPd6fgiXWpwD4q17Bl&id=100000165488492&mibextid=WC7FNe

年が開けると、前の年とはエネルギーが切り換わっているのがわかる。そのエネルギーを読み取ると、その年がどんな年なのかが、見えてくるのだ。今日からの365日サイクルは、このエネルギーで展開していく。だから、新年に感じたことは、年の終わりになってみると、だいたい確かに当たっていたことがわかる。

2024年が開けて、今年のエネルギーは拍子抜けがするくらいに軽いのを感じた。まるで重力が少なくなったかのようで、これまでと同じような動き方をしていたら、転びそうな気さえした。これまで私たちは、重力に押しつぶされるようにして、いつも辛そうに動いていたのかもしれない。そういう戦いをすることが、人生の意味のようになってさえいたのだ。

だから、急に軽くなったら、何だか人生の意味がなくなったような物足りなさを感じたりするのかもしれないけれど、一方では、お腹の下の方からウキウキするような開放的な感覚が湧き上がってきてもいる。私たちはこれまで、困難な状況の中で、望みを実現しようとして、苦労しながら達成するのが人生だみたいに思ってきたのだけれどような時代になったら、もう私たちはうまくいかない現実を引き寄せることもなく、楽々と望んだ現実を作り出せるようになるのかもしれない。まるで地球も宇宙も手を貸してくれているかのようにだ。

2023年は、マヤ暦でいうと、音7のラマト(黄色い星)で始まった年で、今年は音8のベン(赤い空歩く人)で始まる。銀河の音は毎年一つずつ上がっていくので、音1から音13までが13年サイクルになっている。今の13年サイクルは、2017年に音1のエツナブ(白い鏡)で始まった白の13年で、2023年はそのちょうど真ん中の年、つまり折り返し地点を通過した年だったということになる。

2017年からの世界の変化を見てみると、確かに2017年から続いているテーマがある。1月にトランプがアメリカ大統領に就任して、グローバリストに対抗し始めた。あのときから、一枚岩のようだった西側グローバリストの一極支配が、少しずつ崩れ始めていった。そもそも世界とはそのようなもので、他にはないように思っていたのが、それが実は作られた支配構造にすぎなかったことに気づき始めたのだ。

そして、7年目の2023年には、もはや西側グローバリストが軍事力ではロシアに勝てないことがはっきりして、西側以外の国々が、一斉にロシアと繋がり始め、BRICSが経済力でG7を追い越すことになった。ちょうど真ん中に来たところで、西側グローバリストの一極支配が終わっていくことが、もう確実になったのだ。

それで2023年は激動の年だったのだけれど、ちょうどそのときに封印解きクラブで地球のレイラインの封印解きをやっていたというのも、偶然ではなかったのだろう。誰もが、地球の大転換を潜在意識で知っていて、いろいろな領域でそれぞれの仕事をしていたのだと思う。

その2023年が終わって、2024年が音8のベン(赤い空歩く人)で始まった。音8は、起承転結の結に当たるときで、激動の変化が起きたあとで、かき回された物事が収束していき、新たな調和が生まれるときだ。メルヒェンで言えば大団円の部分、悪者が処罰されて、王国が平和になり、新しい王が生まれて、お城で華やかな結婚式がある場面だ。

ベン(赤い空歩く人)は、新しい天地が開けるときだと言える。これは13番目の紋章で、タロットならば死神だけれど、これは古い世界が滅びて、新しい世界が誕生することを意味している。支配権力によって、世界に囲いがしてあるようになっていたのが、囲いが消え去って、大きな世界が目の前に開けるときだとも言える。

今日2024年1月1日のエネルギーは、まさにそんな風だ。これまであるとも思っていなかったような、大きな地平が広がっているのを、初めて目にしているかのようだ。それはまるで、世界が新しくなったかのように思えるけれど、起こったのは、それまで「これが世界のすべて」と思い込まされていたマトリックスが消え去ったことにすぎない。初めて見るような気がするけれど、これがもともとの世界の大きさだったのだろう。

だから今年は、これまであるとも思っていなかったような新しい地平が開ける年になるのだろう。2017年から2029年まで続く白の13年は、一極支配から多極化世界への転換が起こる13年になるのだろうけれど、それは同時に、3−4次元の意識から5−6次元の意識に集合意識的に切り換わることも意味している。その大きな転換の中心点を、私たちは2023年で越えたのだ。今年から始まる後半の6年間は、多極化と5−6次元化が、次々と現実化していくステージになるのだと思う。

*** 画像は、今朝の雲

【ソ連には自由がなかったのか?】

ソ連には自由がなかったのか?】 https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=pfbid0exDPyRFYLDrSpargfpAdhpn1QK9E7gdH6LFug7nV4yUKQDpc7661i1t9z7fC9bSl&id=100000165488492&mibextid=WC7FNe

リュドミラ・ベルソワとオレグ・プロトポポフは、1960年代に活躍した伝説的なソ連フィギュアスケートのペアだ。私のパートナーはプロで踊っていたこともあるバレエダンサーだったのだけれど、当時リンツのバレエ学校に通っていた頃、フィギュアスケートもやっていたことがあって、プロトポポフのことも知っていた。彼が昔の録画をネットで見つけてきて、これがすごいというので、一緒に見ていたのだ。

当時のフィギュアスケートは、今に比べたら、大した技もなく、ジャンプして2回もスピンしたら、もう十分な大技だ。その意味では、実に地味なのだけれど、しかしこの身体の動きの美しさはどうだろう。しっかりと軸が通った動きで、実に優雅だし、力強い。これほど美しい動きは、今の選手でも、ちょっとないくらいだ。

身体の動きの軸の通り方からして、バレエの基礎があるのははっきりわかる。プロトポポフはバレエダンサーだったわけではないけれど、お母さんがプロのバレエダンサーで、ずっとバレエの先生をしていたそうだ。だから、彼もそれなりの心得があるのだろう。

ロシアはバレエもフィギュアスケートもとてもレベルが高いのだけれど、それはソ連の時代から厳しい教育メソッドで仕込んでいるからなのだと一般には言われている。だけど、ベルソワとプロトポポフの美しい動きを見ていて、厳しく仕込まれてやっているようには、私には見えなかった。いや、高度なことを要求するという意味では、厳しいのかもしれないけれど、嫌なことを強制されてやっていたようには思えなかった。

ソ連の選手は、西側の選手とは確かに何かが違う。しかし、強制されている感じなのかといったら、むしろ西側の選手の方が強制されている感じだ。何かしら自分の意志が抗うようなことを強制されたような、心理的な歪みのようなものを感じるのだ。先生や世間の評価に依存させられているようだし、自分がどう見られるのかという不安に支配されているような弱さが透けて見えるようだ。

それに対して、ソ連の選手は、人の評価みたいなものには左右されていないように見える。エゴに左右されていない純粋さを感じることが多い。謙虚というか、純粋というか。彼らにとっては、自分が他の人より何ができるとか、人との比較が重要なのではないように見える。そうではなくて、もっと大きなもののために、打ち込んでいるような謙虚さを感じる。

少なくとも、ソ連の選手たちは、将来どうなるのかということを心配する必要はなかったわけだ。その意味では、彼らは精神的にとても自由なように見える。そこは、西側の選手とははっきりと違う。スポーツ選手やダンサーは、それほど長くやっていられるわけではない。できなくなったとき、そのあとはどうするのか? 今のうちにお店でも買っておくべきなのかとか、今のうちに有名になれば、タレントでやっていけるかもしれないとか、そういうことを考えなければならない。

だけど、ベルソワとプロトポポフの演技を見ていると、そんな不安を感じているようにはまったく見えない。ソ連の選手たちは、選手としての寿命が終わったら、トレーナーになるとかして、次の世代を育てることを要求されるのだろう。そこに選択の自由はないのかもしれない。しかし、どちらにしても、その能力を生かしたことをして、生活が保障されていることは確かだ。だから、名声だとかお金だとかに惑わされずに、ただ純粋に打ち込んでいられるのだと思う。ベルソワとプロトポポフのあまりの純粋な演技を見て、これは西側世界では望むこともできないような幸福だと言えると思った。

ところで、ネットで経歴を見てみたら、二人は1979年にスイスに亡命していることがわかった。ソ連の時代には、勝手に移住することはできなかったから、西側諸国で暮らしたくて、亡命する人たちも少なくなかった。ソ連には自由がないけれど、西側諸国には自由がある、と思い込んだのだ。亡命して、スイスのグリンデルヴァルトに移住したそうだ。

ソ連にいたら、金メダルをいくつ取っても、グリンデルヴァルトみたいな高級別荘地に豪邸を持つような自由はなかったのだろう。だけど、西側諸国では、生活が保障されていないことや、だからお金に支配されるというようなことは、おそらく考えていなかったのだろう。スポンサーの望むままに、あれこれを宣伝しなければならないとか、拒否したら資金を引き揚げられたり、契約を解除されたりするかもしれないというようなことも、おそらく知らなかったのだろう。

ソ連を離れたあとの2人は、あまり幸せそうには見えなかった。少なくとも、ソ連時代のあの純粋さはなくなっていた。あの頃ほど若くはないというのもあるのかもしれないけれど、それだけではないような気がした。西側に来れば自由だと思い込まされて、出てきたけれど、思ったような世界ではなかったことに気がついたのかもしれない。だけど、今さらソ連に戻るわけにはいかないし、西側のスポンサーたちは、彼らが西側諸国の批判をしたり、やっぱりソ連がよかったなどと発言することを許すとは思えない。ソ連からの亡命者たちは、西側のスポンサーたちに、ソ連ネガティブ・キャンペーンに利用され続けることになるのだろう。

実際、昨年2月にロシアがウクライナに軍事介入し始めてから、西側諸国で仕事をしていたロシアの音楽家たちは、ロシアを批判することを強要された。公に批判しなければ、契約を解除すると脅されさえした。それで、メトロポリタン劇場で歌っていたオペラ歌手のアンナ・ネトレプコは、最初の見解を翻して、ロシアを批判することで、契約を継続してもらった。指揮者のゲルギエフは、ロシアを批判することを拒否して、ミュンヘンのオーケストラを解雇された。西側のグローバリストたちは、今でもロシアを悪者にするためにあらゆる手を使って情報操作をしているのだ。ソ連の時代に亡命してきたアーティストなどは、彼らにとって最高の宣伝塔だったのだろうということは、容易に想像できる。

ある意味、ソ連は西側のお金支配の世界から、人々を守っていたと言えるかもしれない。ソ連には、豪邸に住む自由だとか、職業を変える自由だとかはなかったかもしれないけれど、お金に支配されずに純粋に才能を生かして精進し、仕事に献身する自由というものはあったのだ。これは、西側世界では、いくら望んでも、とうてい得られないような自由だ。

ソ連の時代には、大会とかで西側に行く人たちには、監視がつけられていて、亡命するのも容易ではなかったらしい。しかし、ソ連にはない自由が西側にはあると思い込まされ、亡命するように誘惑されて、情報操作に利用される危険があったということを考えるならば、監視をつけて守ろうとするのも、もっともなことのようにも思える。情報が自由になった今だって、西側ではロシアについてあることないことがすべて語られているのだ。東西冷戦下の時代に、一体どれだけの嘘が語られ、信じられていたのかわからない。そうした情報戦から守るために、西側からの情報を制限するとか、西側に行く人たちに監視をつけるとかも、ソ連にとっては国を守るためには必要な手段だったのかもしれない。

つまるところ、金融グローバリストがお金で世界を支配していたために、西側も東側も自由ではなかったのだ。西側では人々はお金に支配されていたし、東側では西側がかけてくる経済封鎖や情報操作に対処するために、自由が制限されていた。それが西側では、東側だけが自由がないかのように言っていたわけなのだ。

しかし今、グローバリストの世界支配も終わりが近づいてきたようだ。結局のところ、それこそが西側も東側も自由でなかった原因なのだから、もうお金に縛られることもなく、本当に自由に生きられる時代が、直にやってくることになるのだろう。